「 恋 華 草 (れんげそう) 」

ミズモリ ショウ
準 星


 また今年も蓮華草の咲く季節がやってくる。  近頃、都会ではめっきり見る事の出来なくなった花だが、今でもちょっと郊外に足をのばせば、耕す前の田んぼで見る
事が出来る。
 私は父の仕事の関係で小学校の4年まで、田舎に住んでいたので春になると蓮華草はポピュラーな花だった。
 私たちは耕作前の田んぼに入り込み、ペンペン草や麦の穂草(本当はなんという名なのか知らなかった)、を取っては
遊んでいた。この前も、家族で郊外にドライブに出かけたときに、子供に草笛を作ってやったら妙に感心をされてしまっ
た。近頃の子供はそういった自然に触れる機会が少ないのだろう。それに、私の子供時代のように、遊ぶものがないから
自然をおもちゃにする、なんてことは今の時代なくなってしまった。
 そして、その中で今でも昨日の事のように覚えている事がある。

 私の初恋は、小学4年の時だった。
 相手は同級生の女の子でかなりおとなしい子だった。
 当時の私はかなりの腕白坊主だったうえに好奇心も旺盛だったので、毎日泥だらけになって家に帰り母によく叱られた
ものだった。
 その中でも、スカートめくりはよくやった。しかも、その好きだった女の子をわざと集中的に狙っていたように思う。
 ところがある日、同級生の男の子がその女の子のスカートをめくったとき、私の時は黙って睨むだけだったのに、急に
しゃがみこんで泣き始めてしまった。それを見たとき無性に腹が立って、その男の子に殴りかかって取っ組み合いの喧嘩
になってしまった。  結局、勝負が着く前に先生がやってきて、その後二人で廊下に立たされるはめになってしまった。もちろん、先生に理
由を聞かれても何も言えなかった。自分でさえ、理由がよくわかっていなかったのだから。
 それ以来ぷっつりと、スカートめくりもする事がなくなってしまった。
 そして、それからしばらく経ったある日、母のお使いでその女の子の家のそばを通りかかったとき、近くの、まだ耕作
を始めていない田んぼに座り込んでその娘が何かしていた。その時はもう用事は終わっていたので、気になった私は行っ
てみる事にした。
 声をかけると、また、意地悪されるのかと思ったようだったが、目の前にどっかと座り込んで「なにをしてるの?」と
聞くと、安心したようににっこり笑って「蓮華草で花輪を作ってるの」と小さな声で言ってくれた。
 そして、恥ずかしそうに下を向くと、また、蓮華草を編み始めた。
 私は「へー」と言ったまま、彼女の手の動きをじっと見つめていた。
 それから、どれくらい経っただろうか。「出来た」と、彼女が言ったのかもしれない。
 彼女は立ち上がると私の首に出来たての蓮華草の花輪を首にかけてくれた。
 甘い蜜の香りがしたように記憶している。
 私が何が起こったのかわからずにぼうっとしていると、数歩家に向かって走ったかと思うと思いだしたようにくるっと
振り返り、私にむかってはっきりした声で「またね」と言って手をふると、今度は振り返らずに家に向かって走りだした。
 その場にひとり取り残された私は、彼女の走り去った後を長い間見ていた。

 それからすぐに、父の転勤でその土地を離れてしまったので、それ以来彼女とは会っていない。引っ越しの連絡もせず
じまいだった。
 今はもう、いいお母さんになっている事だろう。いまでも、誰かのために蓮華草の花輪を編んでいるのだろうか・・・

                                           〜 恋華草 〜


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